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パンデミック芸術でコロナの時代を学ぶ

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パンデミックを扱った古典芸術作品に、これほど大きな示唆を与えられる日が現実に来ようなどと一体誰が予想しただろうか。

この記事では、ルネサンス期の絵画から、黒澤明監督も関心を示したエドガー・アラン・ポーの短編小説まで、この機会に改めて鑑賞したいパンデミックアートを、2020年4月8日付のニューヨークタイムズの記事を参考にしながらいくつか取り上げてまとめた。(個々の作品の解説は、主にウィキペディアによる。)

パンデミックとは:ある感染症(伝染病)の世界的な大流行を表す語。 日本では「感染爆発」などとも訳されているが、ここではパンデミックのままで使用。

古典絵画に見られるパンデミック

まずは、絵画編。

ブリューゲル「死の勝利」


ピーテル・ブリューゲル「死の勝利」(1562年頃). マドリード・プラド美術館

14世紀中頃にヨーロッパ全土を席巻したペストの大流行は、人々の死生観に大きな影響を与えた。有効な治療法もなく、現世のいかなる地位・武力・富も意味を成さず、あらゆる階級の人々が為す術もなく死んでいく社会情勢の中で、「死の勝利」のテーマは、当時、キリスト教美術における教訓画として、多くの画家によって描かれている。

ルネサンス期(16世紀)のブラバント公国(現在のオランダ)の画家ブリューゲル(Pieter Bruegel)によるこの作品は「この世の地獄」が描かれていると評されている。

ベックリン「ペスト」

ベックリン「ペスト」(1898) スイス、バーゼル美術館

象徴主義・世紀末芸術の代表的画家の1人であるベックリン(Arnold Böcklin, 1827 – 1901)の絵はヒトラーにも好まれ、ヒトラーはベックリンの代表作である『死の島』の第3作を始め、11点を所有していた。

ベックリンの「ペスト」は、見る者をひどく不安にさせる作品です。(中略)
吸い寄せられた羽虫を捕らえる食虫植物のように、 死神の餌食になるのではないか、そんな錯覚にとらわれてしまいます。

出典:http://suesue201.blog64.fc2.com/blog-entry-73.html

ムンク「スペインかぜの後の自画像」

エドヴァルド・ムンク「スペインかぜをひいた自画像」(1919).ムンク美術館

「叫び」の作品で世界的に有名なノルウェーの画家ムンク(Edvard Munch, 1863-1944)は、1919年にスペインかぜを患い、生死の境をさまよったあと、回復して『スペインかぜをひいた自画像』を制作している。

スペインかぜ(スペイン風邪、英語: Spanish Flu (influenza) )とは: 1918-1920年に世界各国で極めて多くの死者を出したインフルエンザによるパンデミックの俗称。1918年パンデミックとも呼ばれる。

スペインかぜにかかって手当てを受ける兵士たち(アメリカ)

シーレ「家族」

エゴン・シーレ 「家族」 (1918). ウィーン・ベルヴェデーレ美術館

ムンクがスペイン風邪から回復した一方で、スペイン風邪で命を落としたのが、世紀末ウィーンを代表する帝政オーストリアの画家クリムト(Gustav Klimt, 1862 – 1918)だった。クリムトの弟子シーレ(Egon Schiele,1890 – 1918)は、クリムトの死の床でクリムトの肖像画を描いている。

しかし、シーレ自身も同年、妻と共にスペインかぜによって死去。「家族」と題されたこの絵は、自分と妻、そして当時妻が身ごもっていた子供を含む未来の家族像だった。結局これがシーレの遺作となり、妊婦の妻が亡くなって三日後にシーレ自身も逝去した。

三大古典ペスト文学

続いて文学。「三大」の形容詞は、調べているあいだの印象でわたしが勝手に決めたもの。

「ペスト」といえばカミュ

カミュの「ペスト」(新潮社)については別の記事で詳しく書いたのでそちらを見ていただきたいが、ここでは、ドキリとさせられる本書の締めくくりの言葉だけ引用しておく。

ペスト菌は永遠に死ぬ事は無い。タンスの奥や反古の書類の中に息をひそめ、やがて人間の傲慢を裁くために再びネズミどもを駆り立て、傲慢で尊大な腐敗した社会と其処に住む者たちに覚醒を齎す為に必ずやって来るであろう。

カミュ「ペスト」

ロビンソン・クルーソーの作者デフォーの「ペスト」

「ロビンソン・クルーソー」の著者、デフォーの「ペスト (中公文庫、2009、平井 訳)」は、”極限状況下におかれた人間たちを描き、カミュの『ペスト』よりも現代的と評される傑作”。アマゾンで最初の数ページが試し読み可能

2015年に投稿された以下の井頭山人さんのレビューには、先見の明があった!

この「ペスト」にも、ロビンソン物語の片鱗が見え隠れしている。疫病の蔓延と云う悲惨な事柄を描いて居るにも関わらず、共に助け合う人々の息遣いが聞こえてくる。現代では、ペスト禍は起きなくても、それに準じる、いやそれを上回る、恐るべきウィルスの蔓延が起きる可能性を、不定出来る人は居ないだろう。その時、私も含めた一般人は、この災厄にどう対処するのだろうか?

2015年の井頭山人さんのアマゾンレビュー

カミュの作品が有名ですが、私にはこちらのほうが面白かった。

アマゾンレビューより

ボッカッチョ「デカメロン」は軽いエロ

1353年に書かれた「デカメロン」(河出文庫、2017年、平川祐弘 訳、Kindle版のみ。)の英語版は、コロナ騒ぎに共鳴して2020年4月14日現在、在庫切れで増刷中である。 読んでいないがレビューを見ると、かなり気になる「不滅の大古典」!

ペストが蔓延する十四世紀フィレンツェ。郊外に逃れた男女十人が面白おかしい話で迫りくる死の影を追い払おうと、十日のあいだ語りあう百の物語。最高の名訳でおくる不滅の大古典。

Bookデータベースより

ペストの惨禍を扱った作品としては古くはデフォー、近くはカミュの「ペスト」が有名だが、これらはペストの発生から被害の拡大と人々の対応を正面から扱ったいわばパニックドラマとして描かれているが、ボッカチオはその逆を行く抱腹絶倒のエロ話を書いた。

アマゾンレビューより

ペストが蔓延したイタリアで、自主隔離した貴族たちが暇つぶしに恋やらの小話を、ギリギリのきわどさを保ちつつ披露し合うという設定。
死に満ちた世界でもなお、軽いエロトークをするのは生存本能だろうか。こういう話でもしなくては、やってられなかったのかもしれない。
というのがこんなにも、染み入るように感じられる日が来るとはまさか思わなかったですけどね。

2020年4月アマゾンレビューより

黒澤明がシナリオにしたポオ「赤死病の仮面」

『赤死病の仮面』(せきしびょうのかめん、”The Masque of the Red Death”)は、1842年に発表されたエドガー・アラン・ポーの短編小説(「ポオ小説全集 3 (創元推理文庫 522-3)」に所収。)で、ゴシック風の恐怖小説。

「赤死病」は架空の病で、名前は「黒死病」を連想させるが、コレラ流行の際にフランスで開かれた舞踏会から着想を得ていると言われている。

パンデミックが話題になるとき、そこでは暗黙のうちに階級差、貧富の差に対する皮肉がこめられる。ポーのこの短編もまた、病を逃れて臣下とともに城砦に閉じこもり饗宴に耽る王に、仮面の人物によって死がもたらされる話である。つまり、富も地位もパンデミックから逃げる手段にならない事実が描かれている。

黒澤明は、この作品をベースに映画シナリオ『黒き死の仮面』を執筆している。結局撮影はされなかったが、映画シナリオ『黒き死の仮面』は岩波書店から出版されている『全集 黒澤明』の第七巻に収録されている。

■参考:”What Can We Learn From the Art of Pandemics Past?” The New York Times, Published April 8, 2020

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