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カミュの「ペスト」、ユングの「影」、内なるコロナウィルス

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新型コロナウィルス騒動を受け、70年前に出版されたアルベール・カミュの小説「ペスト」がベストセラーになっている。一時はトイレットペーパー同様に品切れになり、出版社が急遽増刷したそうだ。

NHKの「100分 de 名著」

この機会にカミュの「ペスト」を読み直したという人も多い一方、あえて読まないという人もいると聞くが、NHKの「100分 de 名著」で2018年6月に放送された内容が面白かったのでまとめておく。

講師の中条省平氏(フランス文学者、学習院大学教授)が、カミュが主題にした伝染病のペストを東日本大震災と重ねたりもしながら、とてもわかりやすく説明しているこの番組は、震災から丸9年経って、世界中が新型コロナウィルス騒動になっている今、改めてスポットライトが当たるのにふさわしい。調べていないが、もしかしたら再放送が決まっているかもしれない。
(※追記:2020年4月11日(土) 全4回のシリーズがまとめて再放送された。)

「プロデューサーのおもわく」より

戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問うたカミュの代表作、「ペスト」。

「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩だといわれる。

過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。カミュ自身がレジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。

それだけではない。「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」「この世にはびこる悪」……私たちの人生は「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもあるのだ。

番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、生きていけばよいのかを読み解いていく。

以下は番組中の講師、中条省平氏の解説や司会の伊集院光氏とのやりとりを抜粋してまとめた番組視聴メモ。

事なかれ主義の為政者

当局とか偉い人にとっては、ペストという事実よりも言葉の影響力の方が問題で、ペストと宣言したとたんに、世の中にどういう影響が出るかということばかりを議論する。

また、万一、ペストじゃなかった場合に、間違えていたというその責任をとりたくないので、自分以外の他の人に宣言してほしいという責任回避の傾向も見られ、そういう事なかれ主義が蔓延していく。

たとえば、東日本大震災時の「メルトダウン」という言葉。その言葉によって、人々がパニックになること、そして万一違った場合はどうするかということが懸念された。

閉鎖された状態をカミュは「追放」と呼んだ。

ペストの発生した都市が閉鎖されたとき、それをカミュはその都市の市民が「追放」された状態だと表現した。文脈的に違和感のある「追放」という言葉は、カミュにとってこだわりのある、重要な言葉である。

町の閉鎖は、その町は滅びても構わないということを意味する。つまり、住民は、それまでの安定した日常から「追放」されているともいえる。

震災時にコミュニケーションの手段を断たれてしまった状態、放射能が蔓延している状態もまた「追放」に等しい。

毎日が日曜日:事実から目をそらす大衆

しかし、市民は「追放」されたとは思わず、むしろ、逆のお祭り状態。すべてがストップし、働きに行かなくてもいい”毎日が日曜日”。昼間から酒を飲み、ほろよい気分で「まあいいんじゃないの、俺がペストにかからないなら。」という態度。

ここに見られるのは、恐ろしい事態を過小評価し、一時的なことと思おうとする心理的メカニズムであったり、実際には悲惨な状況であっても、簡単に慣れることができるという人間の特徴であったりする。

パニックになるのも危険だが、鈍感さにはまりこんでしまうのも危険である。

天罰という考え方に含まれる責任の棚上げ

天変地異や疫病など、集団が災害に遭ったとき、必ず出てくる考え方に、神が下した人間への罰だというものがある。

この考え方の裏には、「救ってくれるのも神」という、人間の”責任の棚上げ”がないともいえない。そういう意味でカミュは、登場人物の医師に、「自分が神を信じたら、自分には何もできないし、何もすることがなくなってしまう。」と言わせている。そして、この医師は、使命感をもって、自分がやるべき仕事を淡々と続ける。

世の中の非常時に生き生きする犯罪者

登場人物には警察に追われていた犯罪者もいる。平和な世の中で、逮捕されることを恐れていつもビクビクしていたその男は、ペスト騒ぎでてんやわんやしている状況で安心して暮らしているのだが、カミュは、このような人物を悪人として描いているわけではなく、ペストという災厄に襲われた中で、それぞれの人間の生のありかたを肯定している。

災厄によって得をする人もいることも事実であり、災厄が悪とばかりもいえない面も持つ。

アルベール・カミュ『ペスト』 2018年6月 (100分 de 名著)

内なるペストは、ユング心理学の影

誰でも自分のうちにペストを持っている。なぜなら、この世のだれひとりとして、ペストの害から逃れられるものはないから。

カミュ「ペスト」

ペストというのは外側から襲いかかってくる脅威として認識されていたが、みんなが内なるペストをもっている。内なるペストとは人間の中にある悪であり、ふつうはみんなそれを見ようとしないが、たとえ困難でもそれを見なければ先に進めない。

中条省平氏の以下の解説は、ユング心理学の「影」についての説明とぴったり重なるもので、「ペスト」を再読したユング派分析家から、今日(2020年3月11日)こんなメールが届いたところだ。

素晴らしい本でした。読みながら外界にある致死的感染症ペストと内的世界のペスト(shadow, 悪)に対して人々がどのような態度をとり行動しうるのかと考えさせられました。

人のこころの内にあるペスト。わたしたちも誰一人、内なる新型コロナウィルスから逃れることはできない。

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■参考、引用の出典。

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