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ユング派分析家マレイ・スタイン、コロナを語る:世界を覆う影としてのコロナ


ユング派分析家のマレイ・スタインは、現在、世界中を大混乱させている新型コロナウィルスの災禍についてユング心理学的に考察し、この危機的状況を一時的な悪夢としてのみとらえるのではなく、自分の内面を見つめるための貴重な時間として使ってほしいと言っている。

スタインは、一斉を風靡したK-PopのBTSによって、心理学にとくに関心のない人にも名前を知られるようになったユング派分析家である。(こちらの記事参照)

ブラック・スワンという表現では足りない

「ありえない、起こりえない」と思われていたことが起きたとき、それをブラック・スワン(黒鳥)と呼ぶことがある。

かつてヨーロッパでは、白鳥(スワン)といえば白いものだと思われていたが、1697年にオーストラリアで黒い白鳥が発見されてこの表現が生まれた。とくに、予測できない金融危機や自然災害を指すことが多い。

スタインは、世界中の人を絶句させたこのコロナの状況は、ブラック・スワンと呼ぶだけではとても足りないと言う。

A World Shadowとしてのコロナ

ブラック・スワンでは言い尽くせないコロナ禍を、スタインは「世界を覆う影(a world shadow)」のイメージでとらえている。(具体的にはAnima Mundiに対するUmbra Mundiという用語を使っているが、その部分はここでは割愛し、次のコラムで紹介したい。)

(以下、スタインのインタビュー記事の拙訳。)

日食のとき、次第に太陽が月で覆われていくように、地球全体が影で覆われていく様子を想像していただきたい。この「世界を覆いつくす影」がわれわれの周囲にゆっくりたちこめ、われわれの心をも侵していく。

ここで太陽を覆っているのは「死の影」といえるが、これは錬金術のプロセスでは第一段階のニグレド(nigredo)※であり、重要な変容の始まりを意味する。われわれは今や、”死のかげの谷を歩く”(聖書のことば)ことを要請されているのだ。

ユングは、ヨーロッパ中世に盛んだった錬金術(Alchemy)の研究に注目し、その過程を意識の変容の過程(精神的成長)のメタファーとして用いた。以下の三段階がある。
1. ニグレド(Nigredo)黒化(腐敗)→
2. アルベド(Albedo)白化 (精神的浄化、啓発)→
3. ルベド(Rubedo)赤化 (有限と無限の合一)

コロナはただの悪夢かそれとも個性化のチャンスか

われわれはこの経験を自分の個性化(精神的成長、自己実現)に役立てることができるのか、あるいはこれは、過ぎ去れば忘れてしまうたんなる悪夢なのか。

悪夢で終わらせず、個性化につなげていくためには、以下のことが必要となる。

まずは混乱の中に身を置く

最初のステップは「わたしは今、どこにいるのか」という命題を掲げながら混沌の中に身を置くことである。ダンテの「神曲:地獄篇」で、彼の旅路が、暗い森の中で始まったことが思い出されるだろう。

引き返す道も、逃げ出す道も、頼りになるものもなく、光も希望も方向性も見えない暗闇の中でパニックにさえなりそうな不安を感じたり、身の破滅さえ予感するかもしれないが、それでも観念して、暗闇の中に身を置かなければならない。

そして周りを見渡す

これは、世界の終わりなのだろうか。黙示(アポカリプス:Apocalypse)なのだろうか。答えを知っている者はいない。われわれは、みんなで暗闇の中をさまよっている。ここで重要なのは、自分の周りを主体的に観察することである。答えはどこにもなく、未来を知る者もいないが、主体的に状況に対峙していれば、きっとウェルギリウス※やフィレモン※のような導き手が現れる。

ウェルギリウス:実在した古代ローマの詩人。ダンテの「神曲」の中に登場し、地獄と煉獄を案内する。
フィレモン:ユングが、自分の夢に現れた老賢者に与えた名前。

無意識の声に耳を傾ける

そしてこの危機的状況に、無意識がどう反応しているかに目を向ける。分析の中では、多くの「死」の夢が報告されるが、夢の中での死は、その人自身ではなく、それまでの物語の終結を意味する。われわれは、その「それまでの物語の終結」を出発点として、”死のかげの谷”に足を踏み出さなくてはならず、それ以外に道はない。

言うまでもなく、スタインがここで言っていることは、コロナに限らずあらゆる精神的危機の状況に該当する。

貴重な在宅コロナ時間の過ごし方

(在宅勤務になって、急に時間ができた人たちは)今まで時間がなくてできないと不満を言っていた分、この機会に夢を記録したり、アクティブ・イマジネーションをしたり、ユングの「赤の書」を読んだりしてみてほしい。遅かれ早かれこの危機は過ぎ、元の慌ただしい生活が戻ってくるのだから、この期間を無駄にせず有意義に使ってほしい。

この経験から学び、さらにそれをのちの人生に活かすことは簡単なことではない。

自由に外を歩き回れるようになる元の生活に戻ったときに、以前よりもっと賢い時間の使い方ができるように、以前よりもっとバランスのよい生活ができるようにするために、今を、自分の内面を見つめ、自分に中心を据え、自分の価値についてあれこれ考える貴重な時間にしていただきたい。

※Chiron Publications – The Asheville Jung Center, “A World Shadow: Covid 19”の前半の抄訳。

後半は、上で割愛したAnima MundiとUmbra Mundiの、ディープなユング心理学の話になる。(近日中にご紹介する予定。)
アニマ・ムンディは、古くはプラトンから始まる思想で、地球上の生きとし生けるもの全ては本質的につながっているというもの。宇宙霊魂などとも訳される。Umbraはラテン語の影で、影の中でももっとも濃く暗い部分。

ユング「赤の書」

C.G.ユング「赤の書」(創元社、2014年)

スタインがコロナ時間の読書に勧める「赤の書 」(The Red Book)は、ユングが16年余にわたって私的な日記として書き綴ったもので、ユングの死後、半世紀ものあいだ非公開だったため伝説の書物とも言われていたが、2010年に公刊された。

縦40センチ、横30センチ、厚さ6.5センチ、重さ4キロの大型本の原版が、数年後に手軽に持ち運べる大きさで追加出版されていたとは知らず、クライエントが「美容院に『赤の書』を持って行って読んだ。」と聞いて仰天したことがある。

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