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意味のある偶然の一致、シンクロニシティ

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シンクロニシティの説明と例をいろいろ書いた、長いページ。(数年前に別ブログに書いたものを移動した内容。)

シンクロニシティとは

昔のサイトで書いた文章より。

「ふと、長年会っていない友人のことが心に浮かんで、どうしているかなーと思っていたときに、まさにその友人から数年ぶりに電話がかかってきた!」などということがあります。

このような互いに因果的にはつながりのない別々のできごとが、心理的には意味のあるつながりを持っているように感じられるとき、それを、スイスの精神分析医ユングはシンクロニシティ(共時性)と呼びました。このような「偶然の一致」が起こる確率は、統計上起こりうる確率より高いと言われます。

以下のエピソードを紹介したくて、引用した。

ミニオンズのシンクロニシティ

クライエントが「何を意味するのかさっぱりわからないが、昨日、ミニオンズのシンクロニシティがあったので、一応報告しておく。」と話し始めた。

話はこうだった。

その日、数年前に録画したまま観れていなかった映画をたまたま観ていると、バナナがたくさん出てきたので、「バナナのおばけ」のミニオンズを連想していたら、そのあとのシーンで、実際にミニオンの小物がちらりと出てきたのでちょっとびっくりした。

そのあと子どもたちを歯科医院に連れて行ったところ、検診レポ-トに、ミニオンのシールが貼られていた。その歯医者にはずっと通っていたのにミニオンズのシールは初めてだったので、さきほどの映画の続きであれっと思った。

このクライエントにとってミニオンズは、それまで好きでも嫌いでもない、とくに意味を持たないキャラクターだったが、夢の内容と合わせて話しているうちに、ミニオンズが、個人的・心理的にいかに重要かがわかってきて、二人でミニオンズのシンクロニシティに、大いに納得した。

どこかで見たことはあったが、わたしはそれまでミニオンズという名前も知らなかった。

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夢に出てくる人物や物と同じように、日常生活で偶然出くわす人や物、たまたま起きるいろんな出来事は、よく注意を向けてみると、不思議と自分の心の世界と呼応している。偶然が重なり合ったあらゆることは、偶然であって偶然でない、必然的な偶然のように感じられることも多い。

その日、クライエントとミニオンの話をしたあとの仕事からの帰り道。

地下鉄のホームで、ふと、そういえば、さきほどのクライエントの誕生日が2日後だと思い出し、改めてミニオンズのシンクロニシティの重要な意味を感慨深く思い出しながら電車に乗り込んで、あっと驚いて声が出そうになった。

乗客がミニオン・バルーンを持っていたのだ。今までミニオンを知らなかったとはいえ、こんなバルーンは滅多に見ることはない。今のところ、後にも先にもない。

それからは、時々、ミニオンが目に留まるようになった。今もどんな話かは知らないが、「あのクライエントのミニオン」として、見かける度に愛着を感じる。

※写真:上段は駅のキオスクやコンビニにある、アイスクリームのクーラーボックスの上に貼られた写真。下はスーパーの駄菓子(ゴディス)コーナー。
余談だが、ここスウェーデンではミニオンのアイスキャンディー(原価はタダ同然の、色水の塊)は200円近く、チョコレートのついたアイスクリームなら350円ぐらいもする。

この話は、ここまでで終わるつもりだったのが、今朝になって、奇しくもつづきが展開した。
(「奇しくも」で始まる文には、シンクロニシティを意味するものも多い。)

このページは、書きかけたまま2ヶ月過ぎていたのが、昨晩になってやっと出来上がるめどがたったので、「明日こそ完成させよう」と思いながら寝た。

そして今朝。ベッドの中、寝ぼけまなこで携帯電話をチェックしていたら、たった一つだけ入っていたLINEメッセージが「奇しくも」これだったので笑ってしまった。

LINEを始めてもうすぐ2年になるが、初めてもらったミニオンスタンプだ。

シンクロニシティと集合無意識

上のミニオンズのエピソードは、他の人が聞いてもまったくもってどうでもいい、「ふーん」というだけの話だが、わたしとクライエントにとっては、とても特別な話のつながりであり、わたしたちのつながりをも表す大切なエピソードである。

ユングは、シンクロニシティは、集合無意識に関連する原理であると言っている。
これを通じて人は、主観的な自分の内界と、客観的な外的世界の、不思議で意味のあるつながりを確信する。
つまりシンクロニシティは、内的な経験と外的な経験の間にかけられた神聖な橋のようなものだが、その橋は、内的世界を共有する人と人の間にもかけられる。

参考:Jung believed synchronicity is an acausal connecting principle of our collective unconscious through which we are shown mystical glimpses of meaningful connections between our subjective and objective worlds, divine bridges between our inner and outer experiences.
出典(英語ページ)

ちょっとややこしくなってきたが、簡単に言うとこういうことになる。

Aさんがたまたまミニオンズを思い出した時に、たまたまミニオンズが現れた。
(Aさんの外的事実)

この話をとーなんと共有しながら、Aさんは、自分の無意識につながった。
(Aさんの内的事実)

Aさんの無意識のある要素が、とーなんの無意識のある要素とつながった。
(とーなんの内的事実)

とーなんの前にミニオンが現れた。
(とーなんの外的事実)

とーなんが自分の無意識とAさんの無意識につながった。
(とーなんの内的事実)

このイメージのように、個人の無意識は、さらにその深層で、他人の無意識ともつながっている。

(画像の出典

仕事上でのシンクロニシティの例

無意識に関わる仕事をしていると、シンクロニシティだと思えるような経験をすることは多い。

たとえば、仕事でクライエントと話していて、北杜夫の「どくとるマンボウ」のことを思い出し、「マンボウってどんな人物でしたっけ」と言っていたその直後、職場のすぐ近くの日本の旅行代理店が所蔵の古本を処分するというので、ふらりと覗いたら、せいぜい本棚一つ分しかない中に、マンボウを見つけて即買いしたことがある。

(昭和43年/1968年発行の、どくとるマンボウ”最新作”、390円!)

「金魚」の夢を見たクライエントと、ポニョの話をしたその日の夜、スウェーデンからフィンランドに向かう大型客船でバルト海を航海中に、フィンランド語のポニョのDVDを持った女の子に遭遇したこともある。

船内の売店で買い物したとき、隣のレジにいた女の子が、お母さんが後ろで様子を見守る中、「はじめてのお買いもの」なのか緊張した面持ちで、レジの人におずおずと差し出したのがポニョだった。

(クライエントに見せたくて、頼んで撮らせてもらった写真。)

日本から遠く離れたこんなところで、そんなタイミングで、どくとるマンボウやポニョに出くわす可能性は、確率としては低いが、そういう偶然が、必然的に起こるように感じられるのがシンクロニシティだ。

個人的なシンクロニシティの例

個人的に意味を感じる共時性(シンクロニシティ)の中でもわかりやすいものに、ユングの誕生日に子どもが生まれてきたという事実がある。

ユング研究所で知り合った相手との間にできた子が、分析家としての誕生を意味する資格授与式の3週間後のユングの誕生日に生まれた。

出産予定日よりも早かったので驚いたが、このシンクロニシティに驚いたのには別の理由もあった。

わたしと同時期にユング研究所に入った10歳年上の日本人も、ちょうど10年前のユングの誕生日に一人息子を出産していたのだ。その子どもの父親も、やはりその同僚がユングがらみで知り合った人だった。彼女は、このシンクロニシティを面白がって、子供の誕生日をメールアドレスにしていたりしたので、周りのみんながこのことを知っていた。

スイスのユング研究所にわたしと同時期に入った日本人は、わたしのときは多くて、3人だった。
そのうちの二人が、ユングの誕生日に、同じ年齢で高齢出産し、一人っ子男児の親になったという偶然は、なかなか面白いと思う。

また別の友人夫婦の一人っ子男児の誕生日は、お釈迦様と同じ花祭の日だが、この、日本とスイスの国際カップルの出会いは京都の禅寺だった。誕生日や命日は、それだけでも運命的な意味を持っているが、それらの日にまつわるシンクロニシティのエピソードを持っている人も多いだろう。

最後に、このページを書くきっかけをくれたミニオンズたちを公開。上は歯科検診レポート。
下段は、このシンクロニシティーに意味を感じたクライエントが集めたミニオングッズ。

(このページは、2017年9月に別のところに書いたものを移動した。文中の時間は当時のもの)

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