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人生の後半はホラー映画か

50歳も過ぎ、同世代の友人・知人の親御さんの訃報を聞くことが多くなった。身内でも85歳の叔母の訃報が入ったばかりだし、両親の世代がひとりづつ欠けていき、幼少期に慣れ親しんで当たり前にあった世界がどんどんなくなっていく。地元で生まれ育った父親は「あんなにたくさん友人がいたのに、みんな死んだり病気で動けなくなったりで、今では茶飲み友達がたったの一人いるだけだ」と言い、帰国の度に、次のわたしの帰国時には自分もどうなっているかわからないと自嘲気味に笑う。

「後半の人生は、まるでゆっくりとしたホラー映画だ。わたしたちは、友人を失い、連れを失い、子どもを失い、社会的地位を失い、そして命を失う。」と言ったユング派の分析家がいるが、わたしのホラー映画が始まる日も遠くないと思える。10年前がついこの間に感じられるのだから、10年後、20年後もすぐやって来るのは間違いない。

しかし、ホラー映画よりも本当に恐ろしいのは不老不死であるというパラドクスがある。わたしたちは、死にいく存在であるからこそ、人生は美しく、かけがえのない人生に意味と価値がある。

先日他界した叔母の喪主だった従兄から来たメールに「葬儀で使う写真を探していたら、アホほど沢山の写真があって、どれにしようか迷いながら、充実した人生を送ってきたなと嬉しくなった。」と書いてあり、泣き笑いしたいような気分になった。


造花より、やっぱり生花・・・。

※冒頭に掲載したイメージは、2016年の正月に、叔母と最後に会ったときに従兄が撮ってくれた集合写真を思い出して選択したもの。

(ストックホルム日本人会会報第87号/2018年秋・冬号に掲載した内容です。)

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