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140年前の「人形の家」(イプセン)を生きる女性たち

経済的、物質的に何不自由のない妻の座を、あえて捨てるという勇気ある選択をする人がいる。

最近、わたしと同世代の二人のクライエントさんがそれを決めて実行した。
夫に暴力を振るわれたわけでもなく、周囲からその選択を勧められるような要素はない。
頼れる人も、あてにできる確固たる自活の手段もなく、年齢も若くない。
明らかに、現状に甘んじている方が簡単なのに、「一体どうなるのか、こわくて不安でたまらない。」と言いながら、最終的に彼女たちが静かにその決断をしたときの、凜とした気高い様子には、尊敬の念を覚えた。
もし、わたしが同じ立場に置かれたら、同じ決断ができただろうか。

そのうちのひとりは、独り暮らしを始めた小さな新居でこう言った。

自分で、完全に状況をコントロール出来る。
他人の決断や選択に怯えなくてもいい。
自分の決断と、その結果に100%責任をもつ自由。
自由。
自由満喫中。
自由は肩がこらない!!

じーんとくる。

「経済的に保証された妻の座」は、「居心地のいい実家」や「つまらない職場」とも置き換えられる。客観的に見れば恵まれているとも言えるその環境で、「でも、今のままではだめなんだ」とたましいが叫ぶ。

そんな状況にある人たちへのエールをこめて、イプセンの「人形の家」をいっしょに読み直してみたい。

イプセンの「人形の家」

「人形の家」は、ノルウェーの劇作家、ヘンリック・イプセンの代表作とされる戯曲で、今から140年も前の1879年に書かれ、同年、デンマーク王立劇場で上演された。

裕福な弁護士ヘルメルの妻で、お嬢様育ちの奥様ノーラが、夫と三人の子供を残して家を出ていく決断をしたという話。

イプセンがこの戯曲で示したのは、何よりも自分自身が何者なのか、まずそれを確かめるのが人間の義務であり、そういう人間になるべきだ、ということだと言ってよかろう。
(「人形の家 (岩波文庫)」の訳者、原千代海)

日本における初演は、「人形の家」が誕生してから30年余り後の1911年。それでも今から100年以上も前!
文芸協会が主催で、会長の坪内逍遥の私邸で公演されたそうだ。
以下は、ウィキペディアに載っている、貴重な当時の写真。


坪内逍遥邸で行われた『人形の家』初演(1911年)

「人形の家」より抜粋したノーラの台詞

以下は、ノーラと弁護士の夫ヘルメルの会話、クライマックスの部分の抜粋。自分につきつけられている問いかけのように、はっとさせられる箇所がいくつもあり、140年間も世界中で読み継がれているのももっともだと思える。引用は原千代海訳版の「人形の家 (岩波文庫)」より。

■ノーラ:「あたしたち結婚して8年になるわね。8年間・・・いいえ、もっとよ。知り合ってからあたしたち、真面目なことについて、真面目な言葉を交わしたことは、一度だってなかったわ。」

●ヘルメル:「じゃ、おれの苦労にしょっちゅうお前を巻き込んでりゃよかったのか。」

■ノーラ:「そんなこと言ってるんじゃないわ。どんなことでも突っ込んで、真面目に話し合ったことが一度もない、って言っているのよ。」

●ヘルメル:「しかし、ノーラ、そんなことがお前に向いていたかね?」

■ノーラ:「そこなのよ。あなたは一度も、あたしをわかってくださらなかった。あたしはとても間違った扱いを受けていたのよ、トルヴァル。最初はパパに、それからあなたに。」
※トルヴァルは、ヘルメルのファーストネーム

「パパと一緒にいたころ、パパは何によらず、自分の思うことをあたしに言ったわ。だからあたしも、同じように考えた、そして、もし、考えが違えば、あたし、隠したわ、だってパパには気に入らなかったでしょうからね。」

「それからあたしは、この家にやってきた。パパの手からあなたの手へ移ったっていう意味よ。あなたは何でも好み通りにやってきたわ。だからあたしも、あなたと同じ趣味を身につけたの、それとも、そんなふりをしたか、よくわからないわ、多分、両方ね。いま、振り返ってみると、あたしここで、乞食みたいに暮らしていたような気がするの。あたしはあなたに、いろんな芸当を見せて暮らしたわ、トルヴァル。でも、そうさせたのは、あなたよ。あなたとパパは、あたしに対して大きな罪を犯したのよ。あたしがろくでもない者になったのは、あなた方のせいなのよ。」

●ヘルメル:「幸福じゃなかったのか、この家で?」

■ノーラ:「幸福だと思ってたわ、でも、本当はそうじゃなかった。」

「あたしは、あなたの人形妻だったのよ、実家で、パパの人形っ子だったように。それに子供たちが、今度はあたしの人形だった。あたしはあなたが遊んでくれると、うれしかったわ、あたしが遊んでやると、子供たちが喜ぶように。それがあたしたちの結婚だったのよ、トルヴァル。」

●ヘルメル:「お前の言うことにも、もっともなところはある、やけに誇張して大げさだがね。しかし、遊び時間は終わったんだ、これからは教育の時間だ。」

■ノーラ:「誰の教育? あたしの、それとも子供たちの?」

●ヘルメル:「お前と子供たちの両方だよ、ノーラ。」

■ノーラ:「あなたはあたしを、あなたのいい妻に教育できるような人じゃないわ。それに、どうしてあたしに、子供を教育する資格があって? あたしには、そんなことできないわ。それより、もっと、先にしなくちゃならないことがあるのよ。自分を教育しなくちゃ。それを手伝ってもらうなんて、あなたはそういう人じゃないのよ。あたし独りでやらなくちゃならないことね。だから、あなたと別れるのよ。」

「自分のことや、世の中のことを知ろうというんですもの、それには独りきりにならなくちゃ。だから、もうこれ以上、ここにいるわけにはいかないのよ。」

●ヘルメル:「お前はどうかしてるんだ! そんなことさせるもんか! おれが禁ずる!」

■ノーラ:「いまさら、何を禁じたって無駄よ。自分のものだけ持っていくわ。あなたからは何もいただかないつもりよ、いまだって、これからだって。」

●ヘルメル:「家も、夫も、子供も捨てて! 世間が何と言うか、お前はお構いなしなんだ。」

■ノーラ:「そんなこと気にしちゃいられないわ。わかっているのは、こうしなくちゃならない、ってことだけよ。」

●ヘルメル:「けしからん! お前は自分の、いちばん神聖な義務を放棄するんだぞ。」

■ノーラ:「何があたしのいちばん神聖な義務だ、っておっしゃるの?」

●ヘルメル:「そんなことまで言わなくちゃならないのか! 夫とこどもだちに対する義務じゃないか。」

■ノーラ:「あたしには、同じように神聖な義務がほかにあるわ。」

●ヘルメル:「そんなものはない。どんな義務だ?」

■ノーラ:「あたし自身に対する義務よ。」

●ヘルメル:「お前は何よりまず妻で、母親だ。」

■ノーラ:「そんなこともう信じないわ。あたしは、何よりもまず人間よ。」

「世間の人たちは、あなたに賛成するでしょう、トルヴァル。でも、あたしは、もう、世間の人の言うことや、本に書いてあることには信用がおけないの。自分自身でよく考えて、物事をはっきりさせるようにしなくちゃ。」

「あたし、気づいたのよ、この8年間、あたしは他人とここで暮らして、そして三人の子供を産んだ。ああ、考えてもたまらない! この身をずたずたに引き裂きたいわ。」

ユング派分析家のコメント

今日の女性たちは、自分たちの母親の時代に比べると、自分自身の道を選択してもよいという許可を多少、得やすいが、それでもほとんどが、他人から自分に与えられる要求に縛られているように感じている。したがって、女性は自分自身になるという自分の権利に対して、男性よりももっと多くの勇気や思い切りのよさを必要とするのかもしれない。

「人形の家」のノラのように、女性は、他者が自分に要求することと自分自身への義務とをはかりにかけねばならない。結局、殉教者は、よい母親にもよいパートナーにもなれない。女性が聖人になることにはつねに代価が伴い、本人も周りの人もそれを支払うことになるのである。
(ジェイムズ・ホリス「ミドル・パッセージ―生きる意味の再発見」より)

ホリスの言う「殉教者」とは、自分を犠牲にして周りに尽くす人を指すが、日本の妻や母親たちにはよくあるタイプではないだろうか。「家族のために犠牲になった」かわいそうな自分や、「自分を後回しにして、家族のために尽くした」立派な自分を折につけてアピールし、控えめなようでいて、実はうらみがましかったり恩着せがましかったり押し付けがましかったりする。そうした殉教者的な態度では、実際のところはよい母親にもよいパートナーにもなれないのだということをホリスは指摘している。

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