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箱庭に表れる心象風景

夢やさまざまな芸術表現と同様、箱庭(はこにわ)にも無意識や心の奥深いところにあるものが表れてくる。このコラムでは、箱庭を、心理療法としてというよりも、人の心を表現するアートの一種として紹介してみたい。

江戸時代の町人文化としての箱庭

箱庭は、小さな、あまり深くない箱の中に、小さな木や人形、橋や船などの様々なミニチュアを配して、庭園や名勝など絵画的な光景を模擬的に造って楽しむもので、江戸時代後半から明治時代にかけて流行した。類したものに、盆石、盆景、盆栽などがある。

たとえば湯川秀樹は、幼い頃、盆石遊び(お盆の上に石を置き、風景を作る)をして、その遊びを通して、自分の世界を作っていたという。

明治期から大正期にかけても、箱庭文化は細々と命脈を保っていたが、盆栽同様、年寄りじみた、ひなびた趣味とみなされがちになってきていた。

教育や医療現場で脚光を浴びるようになった箱庭

そんな箱庭文化がふたたび注目されたのは、河合隼雄らを中心とする心理学者の一派によって、箱庭の形成を通じた心の動きが注目されたからである。彼らはユング心理学の「砂遊び療法」の中に日本の箱庭遊びと同様の構造を発見し、箱庭療法として発展させた。

箱庭療法の歴史

1911年、SF作家のH. G. ウェルズ(Herbert George Wells)が自分の子供と床の上でミニチュア玩具を並べて遊んだ印象深い体験に基づいて、「フロア・ゲーム(Floor Games)」という本を書いた。

その本を読んで感動したイギリスの小児科医でクライン派のマーガレット・ローエンフェルト(en:Margaret Lowenfeld)が世界技法(The World Technique)を作り、1929年に発表した。

その後、スイス人のドラ・カルフ(Dora Kalff)がユング心理学を基盤としてさらに発展させ、「砂遊び療法」(Sandplay Therapy)として確立した。当初は主に子ども用のセラピーとして使用されたが、次第に大人にも使用されるようになった。

箱庭療法の日本への導入

スイスのユング研究所に留学中だった河合隼雄は、カルフと会って、箱庭療法を体験する。箱庭を見た際に、かつて小学生の頃に見た「箱庭遊びと似ている」と思い、欧米と比較して非言語的表現の多い日本の文化に適していると思ったと語っている。1965年、河合隼雄により日本に紹介された箱庭療法は、日本で急速に普及し、世界的に日本ほど、箱庭療法が急速かつ、広範に普及した例はないと言われている。「箱庭療法」はSandplay Therapyの河合隼雄による訳である。

★箱庭療法はユング心理学とは無関係に日本で広まり、箱庭療法が河合隼雄によって日本に紹介されたこともあまり知られていない。わたしも昔、日本で働いていたときには、箱庭療法は使っていてもユング心理学はまったく知らない大多数のセラピストのひとりだった。

箱庭の道具

■ 箱と砂:
箱は所定の大きさ(57 x 72 x 7 cm)で、箱の内側は青色に塗られている。そこに細かい砂が入っていて、砂をのけると青い部分があらわれて、そこが海や川や池などになる。

■ 箱庭で使用するオブジェ:
特に規格化されておらず、セラピストが自由に集めてくる。つまり、カウンセリングルームによって、使用できるオブジェの種類や数が違うが、市販の箱庭セットを購入して使用するセラピストも多い。

たとえばこのセットなら、130万円也!(2018.11月現在、メルコムのスーパーグレイトセットの価格)

河合隼雄は、瀬戸物市や夜店で買ってきたり、箱庭療法を習ったスイス人のカルフと、互いに自国のおもちゃを交換したりして、箱庭用のオブジェを集めたそうだ。

河合隼雄の箱庭体験

私も自分でずいぶんつくっていますけれども、まず砂にさわるということの持つ意味が大きいと思います。大人の人は砂いじりなんてあんまりやらないから、砂をいじっているうちに子供に帰ったような、少しコントロールが弱まった感じになってきて、何かつくりたくなりますね。しかし、やってみられたらわかりますが、自分の思っているとおりにはなかなかいかないものです。たとえば日本的な庭園をつくってやろうと思ってつくりはじめても、何か物足りなくなってきて、最後に池の中に洗車をポンとほうりこんだりする。自分でもなぜこんなことをするんだろうと思うようなことが起こってくるんです。それから、左のすみなり右のすみなりがあいていて、アンバランスだと自分でわかっているのに、どうしても何も置けないというようなときもありますね。ノーマルな人でしたら、初めはわりと整合性のあるというか、かっちりした景色をつくりかけるんだけれども、途中でいろんなものがもやもや出てくるわけです。

個人的な意見

絵を描けと言われると、一瞬ひるんだり抵抗を感じる人にも、棚に並んだモノから適当に選んで、箱の中にぽんぽん置いていけばいいだけの箱庭はハードルが低い。モノを並べただけでそれなりに形になるので、創造性も不要だし、上手い下手もない。シンプルにしてよくできたつくりで、砂を盛り上げると山になり、砂をどかすと”水”が出てくるなど簡単に立体表現もでき、箱はわりと大きいので、仕上がったときにはかなり満足感が得られる。興味がなくてもやってみると意外に楽しめ、自分についての発見もある。

自分の内面を言語化することが不得手だったり、言語化することには限界があると感じる人はもちろん、言語化が得意な人も、非言語的な表現を通して自分の心象風景を味わうという体験は、試してみる価値があると思う。

参考文献

このコラムを書くにあたり、ウィキペディアの箱庭療法の項目と「魂にメスはいらない ユング心理学講義 (講談社+α文庫)」を参考にした。

河合隼雄氏と谷川俊太郎氏の対話形式なのでとても読みやすく、ユング心理学の基本的な部分から深い部分まで描かれています。
途中に事例が掲載されていて、クライエントが創作した箱庭の写真が数枚登場します。とても感動的な箱庭でした。
この本の魅力は、若き日(といっても50代の頃ですが)の河合先生のユング心理学講義を聴ける点です。
(アマゾンレビューより)

箱庭療法について知りたい人のための推薦図書

■基本は、やっぱり導入者の河合隼雄本。箱庭療法入門

圧倒的な精神のドラマ! 知識のあるなしにかかわらず、人間の精神の問題に関心のある人は、是非一読!
専門書ではあるが、写真も多く、専門的な術語に対する知識や、心理学に対する予備知識も特に要求しない内容であるから心配はない。後半が実際の症例の記録であるが、箱庭を舞台として投影される様々な内面のドラマの物凄さに圧倒される!
河合隼雄氏は、ノイローゼになる人は「選ばれた人」「特権的な人だ」と言う。そうした言葉の意味を実感させられる内容。
(アマゾンレビューより)

■河合隼雄が、哲学者の中村雄二郎と、箱庭をめぐって対話している「新 新装版 トポスの知 〔箱庭療法〕の世界」。

”限定された砂箱という「場」(トポス)に人間存在の在り様が示される――
〈箱庭療法〉という心理療法の一技法をめぐる哲学者と心理療法家の対話。”

言うまでもなく、箱庭療法は、箱庭をつくることによって心理療法が行なわれてゆくのであるが、そこに生じる多くの出来事は、人生のドラマと言ってもよく、限定された砂箱という「場」(トポス)に、人間存在の在り様が見事に提示されてくるのである。
したがって、このことは、単に心理学とか心理療法ということを超えて、広く「人間存在」に対する関心をもっている人たちに、多くのことを知っていただきたいと思う新しい「知」をはらんでいるのである。

哲学と心理学は、従来からあまり仲の良い関係ではなかった。しかし、共著者である中村雄二郎氏と私は、この両者が協力しあうことがきわめて重要であり、またそれを必要とする時が来ているという認識をもっている。その両者の出会う「場」として箱庭というものが浮かびあがってきたことは、なかなか興味深いことと言わなければならない。

本文中でも述べていることだが、「箱庭療法」は簡単そうに見えて、その実、危険性も困難性も十分に持ちあわせている。本書によって箱庭に興味をもたれた方が、もし実際に箱庭療法を行なってゆこうとされるなら、専門的知識のある人の指導を受けられることが望ましいことを、ここに附言しておきたい。
(河合隼雄「あとがき」より)

(★上のこの本は、買わなくても、「アマゾンの中見!検索」で、たくさんの写真やたくさんのページが読める!)

■茂木健一郎が箱庭をつくって河合隼雄と対談している本、「こころと脳の対話 (新潮文庫)

人間の不思議を、「心」と「脳」で考える──魂の専門家である碩学と脳科学の申し子が心を開いて語り合った3日間。京都の河合オフィスで茂木氏は自ら箱庭を作り、臨床心理学者はその意味を読む……箱庭を囲みながら、夢と無意識、シンクロニシティとは何かなどをめぐって、話は深く科学と人生の問題に及んでいった。「河合隼雄」という存在の面白さが縦横に展開する貴重な対話集。
(本の内容紹介より)

■読んでいないが、タイトルがよい!「おとながハマる箱庭セラピー

あなたはもう体験済み?
いま、なぜ箱庭セラピーが受けるのか。
そこには体験した人にしか分からないワクワクドキドキの世界があった!
(表紙のキャッチコピーより)

■ご無沙汰している恩師のひとりも、こんな本を出版していた。「箱庭療法こころが見えてくる方法―不登校・情緒不安定・人間関係の悩み (講談社プラスアルファ新書)」。

数多くの実証例。自分で自分のこころを開く治療法!!
なぜ箱庭をつくることで、こころの深層が動きだすのか?病んだこころが癒されるのか?実例を通して、こころの変わりゆく様子が手に取るようにわかってくる!
(本の内容紹介より)

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