ペルソナは、社会的、文化的に適応したわたしたちの「表向きの顔」です。ユングは、ローマ時代に舞台上で役者がつけるマスクが「ペルソナ」と言われたことから、この言葉を借用しました。舞台に立って、お面をかぶった自分を想像してみましょう。お面の口の割れ目から出てくる言葉や、身体の動作はどうなるでしょうか。こんな風に「役割」を演じているようなところが、わたしたちのふだんの生活にもあります。たとえば「お元気ですか」と言われると、元気でも元気じゃなくても「ええ、お陰様で。」などという言葉が自動的に出てきます。これによって、自分のプライバシーをさらけ出さずに、円滑なコミュニケーションをすることができます。
ペルソナは、成長過程において形成されます。親や周囲の人々、そして環境からの期待や要請に合わせて発達するとともに、自分自身の「こんな風な人間でいたい。こんな風に見られたい。」という願望にも影響されて作られるのです。
ペルソナは、人間が社会の一員として生きていく上で、なくてはならないものです。しかし、社会に過剰に適応した結果、「本当の自分」とはギャップのありすぎるペルソナができてしまうことも問題です。また、このマスクが皮膚にぴったり張り付いてしまって脱げなくなり、「本当の自分」がどんな顔だったかわからなくなってしまうこともあります。適切なペルソナづくりとその認識は、(ユング派の)精神分析で扱うテーマのひとつです。
